上岡敏之情報?寄せられたメールから

"新世界"、それは新しいシーズンの幕開けであると同時に私たちが生きてきた時代への回顧でもある。今夜は演出も含め、充実したプログラムであった。

　2009年９月５日、ドイツ・ヴッパータール交響楽団の新シーズンが幕開けた。ここのところ暑かったドイツも今日は肌寒くなり急速な秋の気配を感じる。コンサート前のシュタットハレはシーズン初めとあってか大勢の人が集まりAbendkasseの前もチケットを求める人でごった返している。

　シーズンオープニングのテーマは"Neur Welt（新世界）"。03/04よりヴッパータール市の音楽総監督を務めた上岡敏之は５年の任期を終え、今シーズン新たにChefdirigent（首席指揮者）およびKunstlerischer Leiter（芸術指導者）としてヴッパータール交響楽団を率いる。

　ここシュタットハレの特徴でもあるコンサートホールのサイドの窓が今日はカーテンで閉じられている。これには訳があった。韓国の女流作曲家In-Sun Choの--"...Tal..."。このオーケストラのための作品はここヴッパータール交響楽団の委嘱作品としてこのたび初演された。Talとは文字通りWuppertalのことを指すのだろう。ホール内の照明が落ち、指揮台に点るわずかな明かりのなかで谷に舞う風のような音で始まった。管楽器、弦楽器ともに必ずしも音程を伴わないが、打楽器とはまた違った種類の効果音が作り出される。時にさらさらと音をたてて流れる水、静かに差しこむ木漏れ日、森のざわめき、遥か遠くで聞こえる鐘の音。上岡のタクトでホールの照明に灯がともり、情景が次々に音に変化していく。しなやかにのびる美しい旋律が自然のなかにとけ込みこだまするように、またコーダに入りホールの明かりが静かにダウンし、サイドの窓の幕がしまり、音は深い谷底に消えていった。新曲にありがちな難解さはなく、作品が視覚的にも音響的にも表現された美しい作品であったと思う。

　つづいてガーシュインのピアノ協奏曲。いわゆるクラッシック音楽とは少し趣を異にし、その始まりは夜の街を描くフィルム音楽のように艶っぽい作品である。1920年代はじめの世界不況を払拭するように1925~26年にかけては不動産ブーム、まさにバブルの時代だったという。この時代のアメリカンサウンドにはチャールストンなどのダンスとは切手も切れない関係もあるだろう。ラプソディーインブルーに比べて、この作品は協奏曲としての楽式に基づいており、1925年ガーシュイン自身がソリストをつとめ、ダムロッシュ指揮、ニューヨーク交響楽団のカーネギーホール演奏で初演された。

　それにしてもピアニストのRudolf Buchbinderのサウンドはすばらしかった。いつもベートーベンなど古典作品を得意とするピアニストだそうであるが、この日の演奏もジャズサウンドをクラシカルに帰郷するように決して流れない芯のある音作りには圧巻。特に３楽章に至ってはオーケストラも決して大きな編成を思わせないまとまったサウンドにピアノの音が自然にとけ込み、美しいホールの照明に映し出された天井画を眺めながら少しやるせない近代音楽のエスプリを存分に感じることができた。

　会場の熱気あふれる拍手に応えて、アンコールは"華麗なるヨハン・シュトラウス"。指揮者の上岡までが指揮台にすわって演奏に聴き入っていた。

　"Ｎeue Welt"は時間を遡り、続いてドヴォルザークの交響曲９番。これはアメリカ時代の作品である。この曲にはヨーロッパ、ことに故郷であるチェコへの郷愁、そしてアメリカの黒人音楽の一体感が、時間を経てであるが我々日本人にもしっかり根付いている。２楽章のイングリッシュホルンによる主題はどこか懐かしさを感じさせる。この旋律の再現部では、ゆっくりと大きく息を吸ってとめる時間を与えるかのように、一度完全にミュートされたフレーズの運びがとても印象的であった。それに対して、４楽章ではかなりテンポが早めに感じられた。兎角すると音の流れを縦に刻んでしまうような演奏もあるが、フレーズの繋がりが丁寧に演奏されており、弦と管のバランスがよくとれていたように思う。

　この曲はやはりライブでの演奏に限る。広い空間にさまざまな楽器の音が響きあう瞬間に目の前の音楽から大きな喜びを感じることができる。